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京都 ヨーガとお母さんの会 

会のお知らせと日常のヨーガを綴っています。

人の中にある本質を信じる

昨日学校から帰った娘が連絡帳を見せてくれたのですが、担任の先生から「算数の数の意味がよく理解できるようになっています!」とお褒めの言葉が書かれていました。また、昨日の宿題の文章問題もきちんと1人で解けるようになっていました。

正直、彼女に何度説明しても伝わらず「分からないのなら仕方ない。この子は文系なんやわ」と半ば諦めた日もありました。でも彼女は私の知らないところで必死に頑張っていたのだと思います。

娘もそうだったのですが、人が分からないときは何が分からないかということからが分からないことが多いです。説明するこちら側が分かっているものと思い込んで話を進めてしまうことも多い。その人の状況をきちんと把握することを怠って簡単に人を評価してしまうことは自分の中でよくあることかもしれないと思いました。

神(本質)とは心では到底掴みきれない偉大なものだと言われます。その偉大なものが誰もの本質であると。

「物差しなんて元々なかったんや」

少ない知識や経験で頭をパンパンにしている私に、ヨーガの先生が以前かけてくださった言葉です。

その人の言葉だけでは読み取れない本音、何を思いどのように感じているのか。どんな世界を見ているのか。そう簡単に分かるものではありません。自分の物差しに流れず、じっくりと向き合う忍耐が必要です。そこにある偉大なものだけをもっともっと信じられるようになりたいと娘の寝顔を見ながら思いました。

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寝静まってから一服。