京都 ヨーガとお母さんの会 

会のお知らせと日常のヨーガを綴っています。

娘と私、それぞれの宿題

夏休みも終盤を迎え、小学生たちは学校が始まりましたね(京都だけかな?)。

学校が始まったと同時に娘は宿題があって、気の毒になります。自分のときはもっと伸び伸びしていたような‥‥。

 

相変わらず算数の文章問題が苦手なうちの娘、教える側としてもどう説明したら分かってくれるのか悩むことが多々あります。

心に余裕がある日は穏やかに対応できるのですが、こちらも仕事から帰ってきて夕食の準備やら洗濯物の取り入れやら、いろんなやるべきことがせめぎあうように頭の中にあると、娘に対して(なんでこんなこと分からへんの!)という思いが湧いて怒り交じりの言葉かけになっていたりします。

そんな自分の様子を客観的に見ている自分がいて、どうしたものかと考えました(愚痴を言わない私の宿題もあることですし!)。

 

そこでふと思い出したのは、さまらさの台所のことです。ヨーガと出会うまでの私の食生活はひどいものでした(独身時代)。外食が主で、食べたいと思う欲求のまま惹かれる店に入ることを繰り返していました。ヨーガを始めて『素材の命と向き合う』というお料理を教えてもらって、命を大切にするという行為自体に喜びを感じたのです。食べるということの中に、この喜びが含まれているから美味しく心も満たされるのだということを知りました。

昔の自分は『手っ取り早く出来上がったものを買う』ことで、貴重な毎日の喜びを逃していたんだなあ…と思いました。作るという一番大切な「過程」を飛ばして、「結果」をお金で買っていたんです。


なので、娘の宿題も同じことが言えるなと思いました。私は無意識のうちに結果ばかりを求めていたのです。宿題が早く終わればいい、夕食を早く作ることができればいい、洗濯ものを早く畳んでなおせればいい。

 

完ぺきに何もかもが片付いた「結果」のところが頭の中にあるものだから、できていない状況にイライラしてしまうんですね。

ヨーガでは「今を生きる」と教えてもらっています。ああ、知識はあるのに実践できていませんね(*_*)

原因が分かると、解決方法が具体的に出てきました。

子どもの宿題に集中できるように、まず環境づくりを整える。

洗濯物はとりあえず取り込んでおいて、子供が寝てからたたむ。

食事が終わってから、ゆったりとした気持ちで娘と宿題をする。

そして何より、娘はどう考えているから分からないのか。どう説明したら分かるのかに集中して、あれやこれやと試行錯誤することを楽しみたいと思います。

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朝顔を見れる日も残りわずか。